粉からこんにゃくを最初に製造したときのこと。を想像する遊び。

偶然、こんにゃくの製法について目にしたので、想像してみた、
というだけのこと。
全くおもしろくはありませんし、
もしかしたら、実証されているはっきりとした由来もあるかもしれぬ。
夏休みのお遊び。


想像への前提として、わたしが最近知ったこと。

◆こんにゃくの製法(おおまかな)
茎を粉状にして水とともにこねたあと石灰乳(消石灰を少量の水で懸濁したもの。水酸化カルシウム水溶液)、炭酸ソーダ(炭酸ナトリウム)水溶液、または草木の灰を水に溶いたものを混ぜて煮沸して固める。

◆粉からこんにゃく製造の第一人者
1776年(安永5年)、江戸時代の水戸藩那珂郡山方町農民の、
中島藤右衛門(なかじま とうえもん)
畑仕事をしていた時、コンニャクイモの断面が乾いて白く粉をふいたようになっていのを見つけたことをきっかけに精粉づくりの研究を始めた。
宝暦9年から始め、製法の確立に18年かかった。

◆現在のこんにゃくいも収穫量
1位、群馬県 2位、栃木県 3位、茨城県

◆ちなみに
群馬県は、桜島に続く活火山の浅間山がある地域
また、草津温泉もある。


これらの情報を得る前に、
こんにゃくって製法が複雑だからこれを思いついたひとは
すごい、という話を耳にした。
たしかに、手間がかかってる。
なぜ、昔のひとがこういう製法まで行き着いたのか。
こんな科学的物質を入れたりしたのか。

ててて、
ちょっとまってよ。
もしかして、、
まず、水戸のあたりって活火山がなかったっけ?
そう、浅間山桜島に続く大きな活火山。群馬県だけど。
ちょうど、中島さんがこんにゃく製法をはじめたあたり(宝暦)に
降灰があったらしい。

そのあとにも続々と噴火が。


調べてたら、こんな論文にいきついた。

(だれかえらい人の論文をお借りしたのだけど)

本文のちょっと後のほうに、
浅間山が明治以降も噴火していて、その灰が170キロ先の水戸や
東京までも降り注いだという、と記述がある。
風向きとかいろいろと確かなことはわからないけれど、
この頃の活発な火山が噴火して、灰が茨城まで流れ込んだのではないか。
そうなると自然に灰の混ざった水になる。
今のように浄水設備なんて整っていない時代。
どれだけきれいな水を使おうとしても、大きな噴火で舞った灰までは
防ぐことができない。
桜島の噴火でも、周辺地域が灰で真っ白になってというし、、、
ということで、自然の石灰水はクリア。

あとは、炭酸ソーダ
あれ?
炭酸ソーダって温泉に含まれてない?
たしか有馬で炭酸水飲んだ気が。
で、グーグル先生に聞いてみると、

水戸の中島さんが農業をしていた地域って、
まさに温泉が出てる!
ちなみに、こんにゃくいも収穫高ナンバーワンの群馬にも、
草津温泉という存在が。
あれ?炭酸ナトリウムとか科学的な名前になってるけど、
自然に存在してる温泉でもいける!

すごく、複雑な製法といわれているけれど、
ほんとに、ほんとに偶然から生まれた食べ物なんじゃないの。


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中島さん「あ、土から飛び出してた芋の断片から白い粉が!」
    「あーあ、芋としては使いもんにならんな〜」
    「もう思い切って粉にしてちょっともちっぽくしてみよか!」
近くの川の水で練ることしばし。。。
    「おーおー、ねばりっけが出てきたなあ。」
    「あ、そやそや。近くのあの温泉の湯混ぜてみよか。
     なんや群馬の草津のほうでは饅頭の皮に温泉混ぜてるみたいやしな。」
そのままあったかい温泉で煮ることしばし。。。
    「あ!なんかできた。これ、いけんちゃう?商品化できんちゃう?」
で、そのまま18年。
灰の混ざった水を使う、という条件が製造工程のひとつで
あるとすれば、灰の配合率はわりと重要なはず。
しかし、降灰によって川の水にまぎれた灰は、一定ではないはず。
ということは、こんにゃくの品質に知らず知らずのうちに、
差ができてくる。
普段使っている川の水に対して疑いの目をかけるものだろうか、
いや、そこに着目することは難しいのではないか。
実際に作り始めた宝暦の頃、降灰があり、その後も降灰が
あったりなかったり、、、



まあ、たいして調べもしてないうえに、
想像が大部分を占めていて証拠もなにもなし。
でもたまにはそんな遊びをしてもいいじゃないか、と。


こんにゃくの製造について思いを馳せるひとり遊びの巻。



これは、こんにゃくの製造について書かれているサイト。
わかりやすい。
http://www.ntv.co.jp/dash/village/21_akio/2012/0122/index.html